ダーツの歴史


ダーツの起源


一般にダーツの起源とされているのは14世紀頃の英国。
イギリスの百年戦争時代、もしくはバラ戦争時代の最中と言われています。
戦時中に酒場にたむろしていた兵士たちが、余興として弓矢の「矢」を、横たわったぶどう酒の樽底に投げ刺したのがダーツの始まりだそうです。当時はワイン樽も貴重なものであったことから、次に木を輪切りにしたもの(エルムボード)を使うようになりました。

木の切り口には年輪が入っているので、次第に彼らは年輪を利用して点数を付け勝敗を競うようになったそうです。また木の的は使い込むほど表面に亀裂が入るので、これを利用して徐々に採点は複雑なものへと変化。

戦争が終わり祖国へ帰った兵士たちは、戦地で遊んだ木の的をパブへと持ち込み、またもや仲間達 で矢投げ競技が行われました。矢は手投げしやすくするために短く変化していました。これを見たパブのマスターは絶賛し、みるみるうちにイギリス中のバブに広まっていきます。

そしてより面白い競技にするための工夫がなされ、ゲームの方法や巧みに配置された得点が生まれたのです。
ちなみに現在のダーツボードに記されている巧妙な点数配置を考案したのは、1896年、ランカシャー 州バリーの「Brian Gamlin(ブライアン ガムリン)」という大工だといわれています。


20世紀初頭のダーツ


20世紀初頭からダーツは空前のブームへと動き出すのですが、好ましからざるスポーツである疑いありとして、ダーツの禁止を目指す法案が出された事があります。
当時「運が左右するゲーム」がパブでは違法で、ダーツもその例外ではなく、 1908年ヨークシャー州のパブオーナーであるフット・アナキンは、このゲームを作った"責任"でリーズの治安判事に出頭を命じられました。
彼は、ヨークシャーボードを法定に持ち込む許可を得、治安判事の見守る中、見事なフォームで3本のダーツをダブルトップにたたき込みました。
そして、「もう1度やってみろ。」という判事のリクエストに、もう1度、3本のダーツをダブルトップにたたき込んだのでした。
これに唖然とした後、判事はダーツに歴史的な判決を下します。
「ダーツは運に左右されるゲームではない。」(フット・アナキンの判決) この場面は、今日の多くのダーツプレーヤーが黄金時代とみなす時代への出発点となりました。
 こうしてダーツ競技はイギリス中に広く深く普及していき、第一次世界大戦後には数多くのクラブやチ ームが結成され、1924年には「Liccnsed Victallers Association」が「National Darts Association(N. D.A)」を設立しました。

さらに1935年にはイギリスのノドア社により、船舶用ロープの素材(サイザル麻)を圧縮して作られたブリッスルダーツボードが発明されます。

ダーツはイギリスを中心に世界中に広がっていきましたが、スローラインの距離は地方ごとにばらばらでした。
1976年に発足した「World Darts Federation(W.D.F)」が、1977年12月の総会で当時もっともポピュラーであった“7フィート6インチ”と“8フィート”をスタンダードと認め、最終的に“7 フィート9 1/4インチ(2.37M)”が国際的なスタンダードと定めたのです。
3箇所にスローラインが示された、不思議なダーツマットは、この時の名残りが示されています。



現代のダーツ


現在主流のエレクトロニックダーツは、1980年頃アメリカにて生まれました。
当初は「有料」というゲーム方式が不評で、ほとんど相手にされなかったそうです。
しかし、点数計算をコンピューターが自動的に行ってくれること。
先端がプラスチックという安全性も考慮されて徐々に普及を見せてきました。
以後、ダーツはソフトダーツとハードダーツに分かれていくことになります。

日本でもそのゲーム性と心地よい音響効果によって人気が集まり、爆発的にダーツ人口が増加しました。
現在の日本ではハードダーツ人口よりもソフトダーツ人口のほうが多いようです。
しかしダーツ人口の普及により、エレクトロニックダーツマシンがゲーム機扱いをされ、風営法の適用を受けるようにもなります。
ダーツ人口はまだまだ増加の一歩をたどるので、規制の方法も徐々に変化していくものと思われます。ダーツに携わる一人一人が英国紳士のようにマナーを重んじていけば、これからも末永く楽しめるスポーツとして国内に定着していくでしょう。


参考リンク→ダーツの歴史について


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